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平成狸合戦ぽんぽこ。テーマ曲は持ってて好きで、たまにカラオケで歌ったりするけど、映画自体は観た事あるようなないような。観たとしても昔で忘れてて。こないだテレビでやったので、録画して観てみました。
平成狸合戦ぽんぽこレビュー
★★★★★★★★★★
東京に緑がたくさんある時代を見ている(東京生まれ育ちのご年配みたいな)人とギャップがあるだろうなと思いました
原作の高畑勲監督は三重県出身のようですが東京に移り、東京西側の昔を見てきたのでしょう。トトロ(宮﨑駿監督)の舞台も近い場所ですよね。
【参考記事】
May 24, 2012 トトロの舞台はもっと田舎であってほしかった
地方の僕にとっての首都東京は、知った時から、初めて行った時から、緑を切り崩すのを惜しむ場所ではなくなってしまっているのですね
う〜ん。首都圏の話かいと。人口の集中する首都圏は開発仕方なくね?と。辺野古のサンゴ礁はそれを壊すと言われると「あわわ
」となるけど、東京は相当昔にもう…ねえ。これはただの推測だけど作者に「多摩ニュータウン開発に大反対だったのか?」と問うと、「いや
ちょっとだけ考えてほしかった」という答えが返ってきそうで。「この開発、要る」「(人間が観るにあたって)人間様が殺したい程の悪者になり切れてない」という事です。東京にとってこの開発要るんですね。だから、ここの地域の開発やめたら、別の地域の緑が切り崩されるだけです。東京は人溢れてますから。結果、何が言いたいの?という気持ちにちょっとなりました。
調べてみると1994年製作ですか。多摩ニュータウン開発が1960年代から。現代('94)視聴者とギャップはなかったのでしょうか。
つまらなかった
大筋の流れは読めた上で、何かと退屈。クセが強い。
たぬきジョークという感じのがあり〜の、下ネタあり〜の。実写だとシュールなネタもあるのかなぁ。
キンタマ袋がしょっちゅう登場するんですが、それが例えば実力ある芸人さんがド変態な感じでやったら笑うんだろうけど、まじめな作りでキンタマ袋を広げるので受け入れちゃいます。何かたまにジョークがあるんだけど笑うに足らない感じ。
百鬼夜行のくだり長くね!?
長い長い百鬼夜行の途中で人々が感動したり見入ったりしてるし、音楽等雰囲気も驚かせる方向になっていないので、初期の段階で“人間を驚かせるアタック”としては不発になるとすぐに予想がつきます。何だろうあの長さ…。
そんなパワーあったの!?
ラスト、皆の力を合わせて昔ののどかな風景を多摩ニュータウン一面に作り出します。えええ?
そして一部の人間が「あれ、お母さんみたい!?」。その人間の昔の風景(田舎の風景?)がたまたま(?)再現されたようです。
このラストシーンは世間的にも不評だと思いますが、ここでまた“東京の田舎の風景”に納得できない僕の感情が出てきます
このシチュエーションの理想ってやっぱ地方だと思うんです。“のどかな昔の風景”・“全然帰ってない田舎にたまには帰ろう”みたいな構図だと思います。でもこの映画の場合は理屈からすると多摩丘陵の昔の風景なんでしょうか。う〜ん。やっぱ“作者「地方に憧れてるけどそれを東京舞台で表現したい。地方は知らないもんで」”という感じ。アニメ技術が素晴らしかった
多々、3D感を感じさせるアニメーションに感心。リアルでした。
実写とリアルVFXで作りたかった(作ってもいい)作品じゃないかなぁ。でもその場合でもやっぱストーリーにももっとスパイス入れたいけど。
あと風景画が良かったです。
リアルさに力が入ってました。
【PS】
高畑勲監督の映画、“全然観れてない but 観たら感動しそう”と思ってたけど、実際観たらどれもちょっと変な感じなのかな。「おもひでぽろぽろ」とか感動しそうなタイトルと思ってるんだけど。「火垂るの墓」は大好きですが。
コメント
コメント一覧 (6)
「いつでも誰かが」いいよね
皆でこれを歌い出すんじゃないんだな。多分雰囲気としてはたぬき達が歌ってる風で作ったんだろうけど。
映像論的には全部のシーンをドキュメンタリーのカット割り、カメラワークをしてて百鬼夜行シーンでも漫画的表現じゃなくドキュメンタリーなつくりをさせてるから色々な妖怪がいますよっていうのがお祭り、驚かせるっていう感じではなくて説明的演出になってるから長いのよ
ぽんぽこは漫画表現を捨てた漫画的ドキュメンタリー作品だからね
コメントも長くなりましたとさ
なるほど〜。ありがとう
でも納得できないな…。
あの絵柄ですぐああはいはいってはなった。
でもそもそもストーリー上百鬼夜行がいらないくらいだからなぁ
そのシーンのアニメーションはやっぱ凝ってると思ったけど。
1970年代広がる田んぼ、野原、河原には柳、ウシガエルの合唱、小川にはザリガニやらメダカ、オタマジャクシ…あぜ道には珠々玉。小川には菖蒲や自然の土留めがありました。小学校からは富士山が見えていました。他には、鉄塔と田んぼだけ…その中を日暮れまで遊んだ自分。自然が壊されてゆく小学生時代をすごしました。地域にはスーパーもなく、電車もなく、バス停すらありませんでした。車だけが買い物の足。しかもそこは車で10分で東京に入れます。上野や銀座まで30分位(混雑する要素がない道だった)なので宅地化が始まると、分譲住宅が田んぼだったところ全てに…緑豊かな川は鉄板で深い堀に、小川はドブに、遊んだ野原は産廃置き場へ。東京の端葛飾区や足立区も同じです。公園と指定されている緑地以外は田舎だった…記憶です。1980年代には私の大好きな故郷は壊れました。人が便利に住むために。心のトゲになっているのは思い出の場所が壊れてなくなり再生はしない事実。私にとっては、10代の首都圏より今の町の方が交通の便が良いと思うくらいだったのです…余談ですみません。○○ニュータウン、そしてまだ尚且つ開発され人口が増えている郊外もありますが、その人達はどこから来たのでしょうね。総人口は減っているのに…
どんなドラマを見ていても東京へ行くのが夢を掴むキッカケと描かれ過ぎているのも個人的に考えてしまうところがあります。近すぎて良さが見えなかったってことなのかもしれませんが😭
書きづらい反論ありがとうございます✨
なるほど。自分は一回り引いて見たつもりでいましたが、さらに引けてませんでした。
「過剰な人口の一極集中」が1番上を覆う問題ですね。
これは自分も解消・人口分散されたらいいのにと常日頃思ってます。これが日本全体の衰退になってると思います。ドラマも、ロケ番組も「東京を地方に見せる」というものが多いですね。3.11でこの構図が少しは解消されたかも知れません。でもまだまだ「東京が成功の証」と言っている現状がありますね。
首都圏内での開発へのアンチ。理解できてませんでしたが、住んでいると思う事もあったのですね。
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