16-17日にJuriと圭太と奄美大島在住のALTの皆さんと、大和村の奄美フォレストポリスキャンプ場へお泊まりに行きました
Picasa ウェブ アルバムに早めに写真をアップし、既に見ていただいた方もいらっしゃるかと思いますが、当記事では主に、僕がフォレストポリスに向かうまでの壮絶な道のりを説明させていただこうと思います。
写真はこちら。
20120616-17 大和村フォレストポリスお泊りと翌日
圭太からお誘いがあったのが、前日15日深夜。
16日に圭太と、Juriと奄美大島在住のALT(外国語指導助手)の皆さんとで大和村のバンガローにお泊まりに行くという。
面白そう♪ もちろん参加希望しました。…が、16日はお仕事でちょいと加計呂麻島へ
独り車で遅れて参加する事に。
16日
「大和村のバンガロー」とは、やはり奄美フォレストポリスキャンプ場だと判り。「問題なく行けると思うー」というニュアンスを出し。
加計呂麻から帰ると既に汗びっしょり。シャワーを浴びて。
着替えはもちろんの事、デジイチNEX-7に念の為ビデオHXR-NX70Jも、OAタップにノーマット。準備万端で7:00pm頃に古仁屋の家を出ました。(写真: ■〜)
この図で単純・小島と勘違いされても困るので、実際の奄美大島の地図(フォレストポリス寄り)はこちら。
8:10pm、問題なく名瀬に到着。Juriに「何かいるものは?」と電話を掛け、タイヨーに軽く寄ってまた進む。名瀬小宿から延びる県道79号線を南下。
❶大和村に行く前に、通行止め & 左の林道へ迂回指示。これが元凶。
迂回路に入ると、既にフォレストポリス行きの道みたいな雰囲気。要は心細い細道。
❷待てよ。迂回路は分かり易いポイント。念の為停車し、ドコモのJuriに電話(圭太も自分と同じソフトバンク{以下SB}iPhone。圏外)。Juriが圭太に電話を代わると「迂回路とかはなかった気がする」との事。自分のSB iPhoneが電波悪い。至フォレストポリスの道を見過ごして通り過ぎたかも知れないので戻る事に。
❸戻って戻ってやっと電波が入る、根瀬部。‥という集落。
少し電話したのち、1軒の民家を訪ねる。すると「基本名瀬方面は行く(北上はする)が、最近大和村方面は行ってない(南下はしてない)ので、その迂回指定になっている事は知らず、至フォレストポリスの道がその通行止・迂回指示の手前なのかその先なのか判らない」と言う。が、判った事は、これより北ではない事、そして大和村付近から至フォレストポリス横道に入るという事。
やはり大和村に向かうのだ(迂回指示看板には「至 大和村」などの文字)。
再び迂回路を登る。
遠い、遠い・・・本当に遠い・・・
ちょっとあり得ない迂回路だった。このレベルなら“迂回路なし”の全面通行止めにした方がいいと思った。
❹かなり走ったところで、「至フォレストポリス」の横道発見。その元々の標識を隠すように「迂回路 至 大和村→」の案内看板。
いくつも至フォレストポリス小道があるのは知っていて、登るのは早いかとも思ったが登ってみると・・・
しばらくするとアスファルトじゃなくなり、X-TRAIL Roadに
(写真: ■)
「この凸凹道早く抜けろ〜」と思いながら進めど進めど、どんどん凸凹がキツくなるばかり。
倒れた枝が道を塞いでいる所で停まると、ホンハブ発見!(写真: ■〜) 写真を撮ったのち引き返す。しばらくバックで。
迂回路本線に戻り、走る走る・・・
❺やっと丁字に突き当たり。
が、左の「至フォレストポリス」が「がけ崩れの為通行止め」看板&ゲート。
台風接近に備えた脅しかも知れない。ちょっと突破してみる事に。
走りに走って・・・
やっとマテリアの滝側まで来たと思ったらまた道を塞ぐゲート。それを退かし数十m進むと…
❻10:50pm、2つ目の元凶、マテリアの滝直近の道が崖崩れ・・・(写真: ■〜)
少ないメールでのやり取りでは、“マテリアの滝崖崩れ”のリアクションがなかったので、本隊がキャンプ場に入った後に崩れたんだと思った。「皆無事なんだろうが、これは明日ちょっとした事件になるな」と思いつつ。
ここで合流を諦め。
折角ここまで来たんで・・・と言うか何km走ってきたのだろう。
独り照明を持ってマテリアの滝を撮影して帰る事に。(写真: ■〜)
マテリアの滝を時間を取って撮影してからは、早く「自分は無事」と知らせる為に下山!
そうそう、これまで書いてなかったけど、(今回通った限りだと)大和村全体が基本的に圏外。
大和村の街に入っても圏外だった。あれ? マジか、SB。
名瀬へ戻るにはあの迂回路を再び通らないといけない。それはあり得ない。もうムリ
南下して瀬戸内町に帰る事に。大和村にあった道路標識には「↑瀬戸内 76km」。
・・・が結局崖崩れで行けなかった時の恐ろしさは計り知れないと思い直すと、途中まで南下したがUターン❼、北上。
❽県道79号線を北上していると、久々に1台の車が対向車線ですれ違い…ミラーで見ると停まった!
すかさずバックして車の男性に訊いてみる。
「瀬戸内町に行くまでに通行止めはどうか」「名瀬に行くには果てしない迂回路があるが」「てかここからなら北上で名瀬へと、南下で瀬戸内町、楽なのはどっち!?」
男性曰く、「南下して瀬戸内町までの道は多分大丈夫。そして(北上の)あの迂回路はゲートをどかして進入・突破できるよ(迂回しなくてOK)」との事! 衝撃事実。
北上してみる事に。
何かしらこの長距離移動の意義を見出す為にも古仁屋へ帰るのではなく名瀬へ行ってみようという事も(この時間名瀬に入っても何にもする事ないけど)。
男性の言う通りゲートを突破(ゲート内区間も長い)。
入ってみれば「これだけの為に!?」という1ヶ所の崖崩れ一方通行があった。
圭太達が通った時は迂回させていなく、夜は管理できない事から迂回させているらしい。うーむ、これはむしろ、あの迂回路を通った方が何かしらトラブルが発生する可能性が高いのでは?と感じた。
17日。
❾走って走って・・・初めの電波のある&訪ねた民家のある根瀬部で、「自分は無事。帰ります」と伝える為、Juriのドコモに電話。
すると、詳しい方に電話が代わり、「都合が悪くなければ、来たらどうです。“もう1つのルートから”来たらいいですよ」とのお言葉。再びチャレンジする事に!
簡単に言えば「もっと先まで行くとまた至フォレストポリスの道がある。我々も途中まで車で迎えに行くので。30分後に合流しましょう」と。
再び来た県道79号線を南下、南下。
迂回指示通行止めゲートを突破し・・・1台も他車のいない暗闇の道路を走り続け、飛ばして飛ばして・・・「うお。フロントガラスにでっかいGが付着」次の瞬間…
❿ブレーキ!を踏むも制動距離6m…バッターン!
迂回通行止めの“出口”のゲートに衝突してしまいました
正面からまともに。
鉄パイプの重いやつと、スチールの看板群と一緒に。
でも、幸いにもバンパーは凹まず傷だけで済みました。ナンバープレートは曲がった。
はい、ヘコんでる暇はない。また走り出し・・・
⓫至フォレストポリスの横道入り口を発見。
ここでいいのか、ここで待ち合わせなのに誰もいなくて不安でしたが、違う道同士でどちらかが待ち続け時間が過ぎるより、進んでみて運がよければはち合わせる方がいいと思い、グングン進む事に。
⓬遂に本隊の車と合流!!
ご心配お掛けしてすいませんでした!! m(_ _)m 皆さんによかったと言ってもらい。
圭太がうちの車に乗ってくれて、互いにエピソードを語ったりしながら案内してもらいました。
⓭1:30am、遂に目的地「奄美フォレストポリスキャンプ場」到着!!
本当に本当にご心配お掛けしてすいませんでした
ぶっちゃけ、祭りの後感は否めません(^ ^;)
皆で10名程?
僕が着いた時、3、4割は既に就寝。そして着いて30分程で全員が就寝態勢、と言うか就寝。
もとい、僕の到着待ちというのもあったのでしょう。本当すいません。
明日は9:00 or 10:00amにチェックアウトと言うのを聞き(笑)
Juriが残った料理を出してくれました。(写真: ■〜)
明日は、朝霧が狙えたり、何かと美しいかもという事で、僕ら3人の中で5:00amに起きる約束をして就寝。
が、結局僕は寝れなかったのと、ここまで来た意義を何かしら作り出す為にも、独り徹夜で散策。(写真: ■〜)
以下はPicasaで、写真と、その説明をご覧下さい(笑)
翌朝、昨晩は主催者とは聞いていたCarsonさんのバースデーパーティで(も)あったと聞きました。ケーキをいただきました。
おめでとうございました!
そして、帰ろうとしていた僕を引き止めて下さり、ありがとうございました! 今回参加の皆さん、今後もよろしくお願いします。
結局10:00amチェックアウト。フォレストポリス解散後は、圭太とJuriと3人で笠利のカフェ モンスーンへ行ったり(写真: ■〜)、古仁屋帰宅後もうちでぷるぽったりととても楽しかった。ありがとうありがとうありがとう!!
【PS】動かした&倒した通行止めゲートは全て元に戻してます。

Picasa ウェブ アルバムに早めに写真をアップし、既に見ていただいた方もいらっしゃるかと思いますが、当記事では主に、僕がフォレストポリスに向かうまでの壮絶な道のりを説明させていただこうと思います。
写真はこちら。
20120616-17 大和村フォレストポリスお泊りと翌日
圭太からお誘いがあったのが、前日15日深夜。
16日に圭太と、Juriと奄美大島在住のALT(外国語指導助手)の皆さんとで大和村のバンガローにお泊まりに行くという。
面白そう♪ もちろん参加希望しました。…が、16日はお仕事でちょいと加計呂麻島へ

独り車で遅れて参加する事に。
16日
「大和村のバンガロー」とは、やはり奄美フォレストポリスキャンプ場だと判り。「問題なく行けると思うー」というニュアンスを出し。
加計呂麻から帰ると既に汗びっしょり。シャワーを浴びて。
着替えはもちろんの事、デジイチNEX-7に念の為ビデオHXR-NX70Jも、OAタップにノーマット。準備万端で7:00pm頃に古仁屋の家を出ました。(写真: ■〜)
ここからはこの地図で把握して下さい。クリックで拡大。![]() |
8:10pm、問題なく名瀬に到着。Juriに「何かいるものは?」と電話を掛け、タイヨーに軽く寄ってまた進む。名瀬小宿から延びる県道79号線を南下。
❶大和村に行く前に、通行止め & 左の林道へ迂回指示。これが元凶。
迂回路に入ると、既にフォレストポリス行きの道みたいな雰囲気。要は心細い細道。
❷待てよ。迂回路は分かり易いポイント。念の為停車し、ドコモのJuriに電話(圭太も自分と同じソフトバンク{以下SB}iPhone。圏外)。Juriが圭太に電話を代わると「迂回路とかはなかった気がする」との事。自分のSB iPhoneが電波悪い。至フォレストポリスの道を見過ごして通り過ぎたかも知れないので戻る事に。
❸戻って戻ってやっと電波が入る、根瀬部。‥という集落。
少し電話したのち、1軒の民家を訪ねる。すると「基本名瀬方面は行く(北上はする)が、最近大和村方面は行ってない(南下はしてない)ので、その迂回指定になっている事は知らず、至フォレストポリスの道がその通行止・迂回指示の手前なのかその先なのか判らない」と言う。が、判った事は、これより北ではない事、そして大和村付近から至フォレストポリス横道に入るという事。
やはり大和村に向かうのだ(迂回指示看板には「至 大和村」などの文字)。
再び迂回路を登る。
遠い、遠い・・・本当に遠い・・・
ちょっとあり得ない迂回路だった。このレベルなら“迂回路なし”の全面通行止めにした方がいいと思った。
❹かなり走ったところで、「至フォレストポリス」の横道発見。その元々の標識を隠すように「迂回路 至 大和村→」の案内看板。
いくつも至フォレストポリス小道があるのは知っていて、登るのは早いかとも思ったが登ってみると・・・
しばらくするとアスファルトじゃなくなり、X-TRAIL Roadに
(写真: ■)「この凸凹道早く抜けろ〜」と思いながら進めど進めど、どんどん凸凹がキツくなるばかり。
倒れた枝が道を塞いでいる所で停まると、ホンハブ発見!(写真: ■〜) 写真を撮ったのち引き返す。しばらくバックで。
迂回路本線に戻り、走る走る・・・
❺やっと丁字に突き当たり。
が、左の「至フォレストポリス」が「がけ崩れの為通行止め」看板&ゲート。
台風接近に備えた脅しかも知れない。ちょっと突破してみる事に。
走りに走って・・・
やっとマテリアの滝側まで来たと思ったらまた道を塞ぐゲート。それを退かし数十m進むと…
❻10:50pm、2つ目の元凶、マテリアの滝直近の道が崖崩れ・・・(写真: ■〜)
少ないメールでのやり取りでは、“マテリアの滝崖崩れ”のリアクションがなかったので、本隊がキャンプ場に入った後に崩れたんだと思った。「皆無事なんだろうが、これは明日ちょっとした事件になるな」と思いつつ。
ここで合流を諦め。
折角ここまで来たんで・・・と言うか何km走ってきたのだろう。
独り照明を持ってマテリアの滝を撮影して帰る事に。(写真: ■〜)
マテリアの滝を時間を取って撮影してからは、早く「自分は無事」と知らせる為に下山!
そうそう、これまで書いてなかったけど、(今回通った限りだと)大和村全体が基本的に圏外。
大和村の街に入っても圏外だった。あれ? マジか、SB。
名瀬へ戻るにはあの迂回路を再び通らないといけない。それはあり得ない。もうムリ

南下して瀬戸内町に帰る事に。大和村にあった道路標識には「↑瀬戸内 76km」。
・・・が結局崖崩れで行けなかった時の恐ろしさは計り知れないと思い直すと、途中まで南下したがUターン❼、北上。
❽県道79号線を北上していると、久々に1台の車が対向車線ですれ違い…ミラーで見ると停まった!
すかさずバックして車の男性に訊いてみる。
「瀬戸内町に行くまでに通行止めはどうか」「名瀬に行くには果てしない迂回路があるが」「てかここからなら北上で名瀬へと、南下で瀬戸内町、楽なのはどっち!?」
男性曰く、「南下して瀬戸内町までの道は多分大丈夫。そして(北上の)あの迂回路はゲートをどかして進入・突破できるよ(迂回しなくてOK)」との事! 衝撃事実。
北上してみる事に。
何かしらこの長距離移動の意義を見出す為にも古仁屋へ帰るのではなく名瀬へ行ってみようという事も(この時間名瀬に入っても何にもする事ないけど)。
男性の言う通りゲートを突破(ゲート内区間も長い)。
入ってみれば「これだけの為に!?」という1ヶ所の崖崩れ一方通行があった。
圭太達が通った時は迂回させていなく、夜は管理できない事から迂回させているらしい。うーむ、これはむしろ、あの迂回路を通った方が何かしらトラブルが発生する可能性が高いのでは?と感じた。
17日。
❾走って走って・・・初めの電波のある&訪ねた民家のある根瀬部で、「自分は無事。帰ります」と伝える為、Juriのドコモに電話。
すると、詳しい方に電話が代わり、「都合が悪くなければ、来たらどうです。“もう1つのルートから”来たらいいですよ」とのお言葉。再びチャレンジする事に!
簡単に言えば「もっと先まで行くとまた至フォレストポリスの道がある。我々も途中まで車で迎えに行くので。30分後に合流しましょう」と。
再び来た県道79号線を南下、南下。
迂回指示通行止めゲートを突破し・・・1台も他車のいない暗闇の道路を走り続け、飛ばして飛ばして・・・「うお。フロントガラスにでっかいGが付着」次の瞬間…
❿ブレーキ!を踏むも制動距離6m…バッターン!
迂回通行止めの“出口”のゲートに衝突してしまいました
正面からまともに。鉄パイプの重いやつと、スチールの看板群と一緒に。
でも、幸いにもバンパーは凹まず傷だけで済みました。ナンバープレートは曲がった。
はい、ヘコんでる暇はない。また走り出し・・・
⓫至フォレストポリスの横道入り口を発見。
ここでいいのか、ここで待ち合わせなのに誰もいなくて不安でしたが、違う道同士でどちらかが待ち続け時間が過ぎるより、進んでみて運がよければはち合わせる方がいいと思い、グングン進む事に。
⓬遂に本隊の車と合流!!

ご心配お掛けしてすいませんでした!! m(_ _)m 皆さんによかったと言ってもらい。
圭太がうちの車に乗ってくれて、互いにエピソードを語ったりしながら案内してもらいました。
⓭1:30am、遂に目的地「奄美フォレストポリスキャンプ場」到着!!
本当に本当にご心配お掛けしてすいませんでした

ぶっちゃけ、祭りの後感は否めません(^ ^;)
皆で10名程?
僕が着いた時、3、4割は既に就寝。そして着いて30分程で全員が就寝態勢、と言うか就寝。
もとい、僕の到着待ちというのもあったのでしょう。本当すいません。
明日は9:00 or 10:00amにチェックアウトと言うのを聞き(笑)
Juriが残った料理を出してくれました。(写真: ■〜)
明日は、朝霧が狙えたり、何かと美しいかもという事で、僕ら3人の中で5:00amに起きる約束をして就寝。
が、結局僕は寝れなかったのと、ここまで来た意義を何かしら作り出す為にも、独り徹夜で散策。(写真: ■〜)
以下はPicasaで、写真と、その説明をご覧下さい(笑)
翌朝、昨晩は主催者とは聞いていたCarsonさんのバースデーパーティで(も)あったと聞きました。ケーキをいただきました。
おめでとうございました!

そして、帰ろうとしていた僕を引き止めて下さり、ありがとうございました! 今回参加の皆さん、今後もよろしくお願いします。
結局10:00amチェックアウト。フォレストポリス解散後は、圭太とJuriと3人で笠利のカフェ モンスーンへ行ったり(写真: ■〜)、古仁屋帰宅後もうちでぷるぽったりととても楽しかった。ありがとうありがとうありがとう!!
【PS】動かした&倒した通行止めゲートは全て元に戻してます。

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